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エネミーゼロ あまりの難易度の高さに途中で投げ出した激ムズアドベンチャーゲーム

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エネミーゼロ

1996年12月13日、ワープから「エネミー・ゼロ」がリリースされました。

当初はライバル機であるプレイステーションでリリースされる予定だったので、存在は知っていましたが全く興味がありませんでした。

しかし、1996年3月27日に行われたプレイステーションエキスポの中で、プレステでリリースすることを中止し、セガサターンでリリースすることを発表したんです!

俗に言う「エネミーゼロ事件」のことですね。

飯野賢治さんはゲーム業界の風雲児と呼ばれていた人で、やりたい放題やっていたイメージがありましたが、エネミーゼロ事件は特に衝撃的でした。

エネミーゼロの難易度の高さに疲れ果て、途中で諦めました。

エネミーゼロは60万本販売され、大ヒットを記録しました。

しかし、その難易度は他のゲームに比べても郡を抜いていて、私は途中でクリアすることを諦めてしまいました(涙)。

購入した60万人のうち、クリアできた人はほとんどいないと思えるぐらい、激ムズのアドベンチャーゲームだったんです。

ゲームシステムが破綻していると感じてしまうほどの高難易度で、発売前の期待感はなんだったんだと落胆してしまいました。

ムービーは綺麗なのですが、エネミーゼロの良い部分はそこだけですね。

どこかで見た映画のシナリオが、そのまま使われているようなシーンを見かけたので、オリジナル性を感じることができなかったんです。

もう少しシナリオが良かったら、激ムズでも先に進もうと努力できたかもしれませんね。

エネミーゼロを名作アドベンチャーだと評価する人は、相当ゲームが上手い人だと思います。

300万本売れるRPGはどうなった?

私が飯野賢治さんを知ったのは、当時ファミ通で連載していた鈴木みそ先生のマンガの中だったと思います。

ファミ通のクロスレビューが納得いかない!と飯野賢治さんが毒を吐き、ファミ通側の浜村通信さんと対談する内容は印象深かったので、今でも覚えています。

結局、鈴木みそ先生はキャパオーバーということで投げてしまいましたね(汗)。

飯野賢治さんが300万本売れるRPGを開発していることも、鈴木みそ先生のマンガの中で知りましたが、結局はお蔵入りしてしまったようです。

ワープはゲーム業界から撤退してしまいましたからね。期待していただけに残念でした。

飯野賢治さんは、ぽっちゃりしたイメージが強かったのですが、ダイエットに成功して、驚くほどイケメンになっていましたね。

しかし、2013年に42歳の若さでお亡くなりになりました。あまりにもショックで呆然としてしまいました。

エネミーゼロ 動画紹介

ここではエネミーゼロの動画をご紹介します。

私は、ワープの代表作である「Dの食卓」をプレイしたことがなかったので、エネミーゼロをプレイするのが楽しみでしょうがなかったんです。

CD4枚組みと気合が入っていて、かなり期待していたのですが、肝心のゲームバランスが崩壊していました(涙)。

サタコレ版では難易度を下げたモードがあるらしいのですが、サタコレ版を購入することはありませんでしたね。

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